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松山地方裁判所 平成4年(ワ)171号 判決

原告

愛媛県信用保証協会

右代表者理事

福冨博之

右訴訟代理人弁護士

藤山薫

被告

増田友敬

右訴訟代理人弁護士

高田義之

被告

福住謙治

主文

一  被告らは連帯して原告に対し、金一二四五万五六七四円及び内金一二四四万五八〇三円に対する平成三年八月三一日から完済まで年10.95パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを七分して、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は一項について仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告らは連帯して原告に対し、金一四五三万一六二一円及び内金一四五二万〇一〇四円に対する平成三年八月三一日から完済まで年10.95パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の骨子

1  福住修三が伊予銀行から一四〇〇万円借り入れるについて、原告が、福住修三との間で締結した信用保証委託契約に基づき、伊予銀行に対し連帯保証したところ、福住修三が伊予銀行からの借入金を返済しなかったため、原告が伊予銀行に対し、一四五二万〇一〇四円を代位弁済した。

2  本件は、原告が、被告らは福住修三の求償金支払債務等を連帯保証したと主張して、被告らに対し求償金等の支払を求めたのに対し、被告らは、右連帯保証の成立を争うとともに、同保証の錯誤による無効、詐欺による取消、原告・伊予銀行間の約定書(甲二〇)違反(保証契約違反・旧債振替禁止条項違反)による被告らの免責を主張して、原告主張の保証責任を争った事案である。

二  前提事実

1  原告・伊予銀行間の約定書の取り交わし

(一) 原告は、昭和四〇年七月一日伊予銀行との間で、信用保証協会法二〇条に基づく保証に関して、約定書(甲二〇、以下「約定書」という。)を取り交わした。

(二) 約定書一一条は、原告の免責につき規定し、「原告は、次の各号に該当するときは、伊予銀行に対し保証債務の履行につき、その全部又は一部の責を免れるものとする。」と規定し、一号で「伊予銀行が三条本文に違反したとき。」と、二号で「伊予銀行が保証契約に違反したとき。」と規定している。

(三) 約定書三条は、旧債振替禁止条項違反につき規定し、「伊予銀行は、原告の保証に係る貸付をもって、伊予銀行の既存の債権に充てないものとする。但し、原告が特別の事情があると認め、伊予銀行に対し承諾書を交付したときは、この限りではない。」と規定している。

2  信用保証委託契約の締結、代位弁済等

証拠(甲一ないし一一、一二の1・2、一三ないし一七、一八の1ないし3、一九ないし二一、証人高岡弘之、被告増田本人、被告福住本人)によると次の事実が認められる。

(一) 福住修三は平成二年五月三〇日、株式会社伊予銀行から、利率年7.9パーセントの約定で、一四〇〇万円を借入れた(以下、右借入又は貸付を「本件借入」又は「本件貸付」という。)。原告は平成二年五月二五日、福住修三との間で締結した信用保証委託契約(以下「本件信用保証委託契約」という。)により、伊予銀行に対し連帯保証をしていた。

(二) 福住修三は原告に対し、本件信用保証委託契約において、次のとおり約した。

(1) 福住修三が本件借入金債務の履行を怠ったときは、その延滞額に対し、延滞期間に応じ、年3.65パーセントの割合をもって計算された額を、延滞保証料として原告に支払う。

(2) 福住修三が本件借入金債務の履行を怠り、原告が伊予銀行に対し代位弁済したときは、代位弁済額に対する代位弁済日の翌日から完済まで、年10.95パーセントの割合による損害金を支払う。

(三) 本件信用保証委託契約書(甲七)の連帯保証人欄には、被告らの住所氏名が記載され、その名下に被告らの実印が押捺されている。本件信用保証委託契約書には、被告らが平成二年五月二五日原告に対し、本件信用保証委託契約に基づく福住修三の求償金債務を連帯保証(以下「本件保証」という。)する旨、記載されている。

(四) ところが、福住修三が伊予銀行に対し、本件借入について約定どおりの弁済をしなかったので、原告は平成三年八月三〇日伊予銀行に対し、残元金・利息損害金合計一四五二万〇一〇四円を代位弁済した。なお、本件借入については、一万一五一七円の延滞保証料が発生している。

三  原告の主張

1  被告らが平成二年五月頃、本件信用保証委託契約書の連帯保証人欄に被告らの住所氏名を記載し、その名下に被告らの実印を押捺して、原告に対し本件保証を約している。

2  よって、原告は被告らに対し、次の各金員の支払を求める。

(一) 求償金一四五二万〇一〇四円、延滞保証料一万一五一七円、以上合計一四五三万一六二一円。

(二) 右求償金に対する平成三年八月三一日(代位弁済日の翌日)から完済まで、年10.95パーセントの割合による遅延損害金。

四  被告増田の主張

1  本件保証の成否・瑕疵について

(一) 本件保証の不成立

被告増田は、甲二(本件貸付契約書)、甲七(本件信用保証委託契約書)に署名捺印する際、乙一(限定根保証約定書)の書き直しのための書類であり、福住修三が伊予銀行から一二〇〇万円を借り入れるについて、連帯保証する認識であった。

更に、被告増田の理解では、原告の立場は被告増田と同じく、伊予銀行に対する連帯保証人であると考えており、原告が将来伊予銀行に代位弁済した場合に、福住修三に対して取得する求償金について、被告増田が原告に対して連帯保証するとの認識はなかった。

以上の被告増田の認識によると、被告増田は甲七に署名捺印はしているが、被告増田が原告に対し本件保証を約したものとは認められず、本件保証は不成立である。

(二) 本件保証の錯誤による無効

福住修三は平成二年五月当時、本件借入金一四〇〇万円の返済継続が、不可能もしくは著しく困難な経済状態にあった。被告増田は右事実を全然知らずに本件保証をしたのであり、被告増田の本件保証の意思表示には要素の錯誤がある。

原告も平成二年五月当時、被告福住が本件借入金一四〇〇万円の返済を継続することが、不可能もしくは著しく困難な経済状態にあったことを知らなかった。したがって、原告・被告増田双方ともに、本件保証契約の共通の基礎について誤った認識を有し、それを前提として本件保証契約をしている。

このような場合には、契約当事者双方に錯誤がある場合として、相手方の錯誤の認識可能性の要件は常に充たされ、また、表意者の重過失の有無も問うべきではないと解されている。したがって、原告の本件保証の意思表示については、錯誤による無効が認められる。

(三) 本件保証の詐欺による取消

(1) 福住修三の詐欺行為

福住修三は、平成二年五月一一日被告増田に対し、伊予銀行から一二〇〇万円を借り入れるについての保証を依頼したが、その際、右借入については、原告が信用保証をする予定であること、福住修三の自宅を担保に入れることを説明した。

しかし、福住修三は、福住修三の自宅には既に時価を越える抵当権が設定されている事実、福住修三は当時既に返済継続が不可能もしくは著しく困難になっていて、新たな貸付を受けても継続的な返済の見通しがたっていなかった事実を、ことさらに秘匿して被告増田を欺き、被告増田をして、これらの事実がないものと誤信させて、乙一に署名捺印させた。

更に、福住修三は、その数日後、右錯誤の状態に陥っていた被告増田に対し、乙一の書き直しのための書類であると虚偽の事実を申し向けて、被告増田を欺きその旨誤信させて、甲七に署名捺印させた。

(2) 本件は第三者の詐欺ではない。

原告は、自らが信用保証委託契約書の徴収をすべき手続を、伊予銀行を介して福住修三を使者として利用した。

本件は、使者(福住修三)が表意者(被告増田)に詐欺を働いた事案である。相手方(原告)のある意思表示において、相手方のために意思表示の受領機関となった者(福住修三)が、表意者(被告増田)に対して詐欺を行った場合には、相手方自身が詐欺を行ったものと同視すべきである。

福住修三の詐欺を原告の詐欺と同視すべきであるから、原告の知・不知を問わず、被告増田は本件保証の取消ができる。

(3) 原告が第三者の詐欺と主張することは、信義則に反し許されない。

福住修三の詐欺を第三者の詐欺として考察するとしても、本件のような事実関係の下で、公的機関である原告が純然たる善意の第三者であり、福住修三の詐欺の事実を知らなかったので保護されると主張することは、信義則に反し許されない。

2  約定書違反による免責について

(一) 保証契約違反による免責

(1) 金融機関からの保証申込に対し、信用保証協会が保証承諾を与えるときは、保証申込時に特定されている資金使途の内容を前提として、信用保証書を交付するのであるから、金融機関は融資実行の際、特定の資金使途自体が保証契約を成立させる一つの要件として、当然拘束される。

したがって、金融機関が保証申込時に明示されていない使途に貸付金を使用した場合は、約定書一一条二号に規定する保証契約違反になり、信用保証協会は勿論のこと、信用保証協会の求償金債権の保証人についても、免責事由に該当する。

(2) 福住修三は、平成二年五月当時魚屋兼惣菜屋を営んでおり、本件借入金一四〇〇万円の使途として、旧債振替に七一四万四〇〇〇円、第二店舗スーパー島田屋の商品充実、及び外商を始めたための資金に三一八万九〇〇〇円、設備老朽化によるやり替え資金に三六六万七〇〇〇円を充てる旨明示して、原告に保証申込をしている(甲一九の資金使途欄参照)。

しかるに、本件借入金一四〇〇万円中、印紙代二万円、原告の信用保証料七九万二二八三円、原告が承諾していない旧債振替二〇〇万円は、いずれも保証申込時の使途には使用されていないものである。そして、更に原告が承諾した旧債振替七一四万四〇〇〇円を控除した残額約四〇〇万円についても、保証申込時に明示した使途に使用されたとは到底認められない。

したがって、原告が予め承諾した旧債振替七一四万四〇〇〇円以外は全て資金使途違反であり、原告ひいては被告らも免責されるものである。

(二) 旧債振替禁止条項違反による免責

(1) 信用保証協会の承諾を得ずに、金融機関が保証付貸付金の全部又は一部をもって、自己の既存の貸付金債権の回収に当てた場合は、約定書一一条一号の適用を受け、充当額の多少にかかわらず、保証付貸付金の全額について、信用保証協会の保証責任は免責される。もっとも、旧債振替禁止条項違反額が貸付金の一部に存在しても、全体として資金調達の目的に合致しておれば、全部免責とはせずに、違反部分のみの一部免責とする考え方もある。

いずれにしても、旧債振替禁止条項違反の場合、信用保証協会は保証債務を負わないから、たとえ信用保証協会が金融機関から履行の請求を受けて弁済したとしても、その弁済は保証債務の弁済としての効力が生じない。したがって、信用保証協会は、主たる債務者に対して求償金債権を取得することはあり得ないから、求償金債権を保証していた者に対しても、保証債務の履行を求めることはできない。

(2) 伊予銀行は、本件借入金一四〇〇万円の中から、二〇〇万円を原告が承諾していない旧債振替に充当しており、旧債振替禁止条項に違反している。したがって、二〇〇万円の旧債振替禁止条項違反の事実のみから、被告らの本件保証は全部免責となる。

また、前記(一)で考察したとおり、旧債振替七一四万四〇〇〇円以外は全て資金使途違反であり、全体として資金調達の目的に合致しない資金使途であったから、違反部分のみの一部免責もあり得るとの考え方に立っても、本件は全部免責となる事案である。

五  被告福住の主張

1  本件保証の不成立――前記四の1の(一)と同旨

2  旧債振替禁止条項違反による免責――前記四の2の(二)同旨

六  原告の反論

1  本件保証の成否・瑕疵について

(一) 本件保証の成立

原告は、被告らに対して甲一八の1、二四を郵送して、保証意思の確認を取っている。被告増田は、大洲簡易裁判所平成三年(ノ)第一八号調停申立書(甲一五)、及びその調停の中で、本件保証をしたことを認めている。被告福住も、右調停事件に利害関係人として出席し、本件保証をしたことを認めている。

(二) 被告増田の重大な過失

仮に、被告増田の本件保証の意思表示に錯誤があったとしても、被告増田は、福住修三の経済状態を十分に調査しないで本件保証をしたのであり、被告増田には重大な過失があるので、被告増田は原告に対し、本件保証の錯誤による無効を主張し得ない。

(三) 善意の第三者

仮に、福住修三の詐欺により、被告増田が本件保証の意思表示をしたとしても、原告や伊予銀行は、福住修三の詐欺の事実を全く知らず、知りうべき立場にもなかったのであって、原告や伊予銀行は、民法九六条三項所定の善意の第三者であるから、被告増田は原告に対し、福住修三の詐欺を理由に、本件保証の取消を主張し得ない。

2  旧債振替禁止条項違反について

本件借入金一四〇〇万円の使途は次のとおりであり、約定書の旧債振替禁止条項には違反していない。

(一) 印紙代二万円、信用保証料七九万二二八三円

(二) 原告が承諾している旧債振替二件七一八万六六五一円

(三) 旧債振替二〇〇万円

利率の関係から福住修三に有利となるために、福住修三が自主的に二〇〇万円の旧債振替をしたものであり、伊予銀行が一方的に旧債振替をしたものではない。したがって、右二〇〇万円も実質的に考察すると、旧債振替禁止条項に違反していない。

(四) 福住修三が出金して使用した四〇〇万一〇六六円

七  争点

1  本件保証の成否・瑕疵について

本件保証の成立が認められるか。被告らが主張している本件保証の錯誤による無効、詐欺による取消が認められるか。

2  約定書違反による免責について

被告らが主張している約定書違反(保証契約違反、旧債振替禁止条項違反)による免責が認められるか。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件保証の成否・瑕疵)について

1  認定事実

証拠(甲二ないし九、一六・一七、一九、二五ないし二七、乙一、三六、証人高岡弘之、証人玉井國夫、被告増田本人〔一部〕、被告福住本人〔一部〕)によると、次の事実が認められる。

(一) 本件借入金一四〇〇万円の融資申込等

福住修三が平成二年四月下旬ないし五月上旬頃、伊予銀行大洲支店(担当者は融資係の高岡弘之)に対し、原告の保証付で一四〇〇万円の融資を受けたい旨を申し入れ、伊予銀行と協議を始めた。そこで、伊予銀行は、福住里美(福住修三の妻)、被告福住(福住修三の兄)、被告増田(福住修三の従兄弟)を保証人とし、原告の保証付で福住修三に対し、本件貸付金一四〇〇万円を融資することで、手続を進めることになった。

(二) 一二〇〇万円の限定根保証等

高岡弘之は、右融資の話し合いの中で、被告増田が本件借入金一四〇〇万円の保証人になることから、福住修三に対し、従来差し入れられていた限定根保証約定書(保証人が福住里美と被告福住、保証限度額が一二〇〇万円)についても、新たな保証人として被告増田の追加を求めたところ、福住修三はこれを了解した。

そこで高岡弘之は、乙一(限定根保証約定書)を福住修三に交付し、福住修三に対し、各保証人の署名捺印をもらってくることを求めた。尚、高岡弘之が福住修三に乙一の書面を交付する際、同書面一行目の「銀行」取引の記載は高岡弘之がし、一条の限度額「一二〇〇万円」の記載は福住修三がした。

福住修三は、まず被告福住宅を訪れ、被告福住に対し、乙一の連帯保証人欄に被告福住の署名捺印を求めた。被告福住はこれを承諾し、被告福住の妻に命じて、右連帯保証人欄に被告福住の住所氏名を記載させ、その名下に被告福住の実印を押捺させた。次に、福住修三は、被告増田宅を訪れ、被告増田に対し、乙一の連帯保証人欄に署名捺印を求めた。被告増田もこれを承諾して、右連帯保証人欄に被告増田の住所氏名を記載し、その名下に被告増田の実印を押捺した。

このようにして、被告らは伊予銀行に対し、福住修三が伊予銀行との銀行取引によって、現在及び将来負担する一切の債務について、一二〇〇万円を限度として連帯保証する旨を約した。福住修三は、平成二年五月一一日伊予銀行大洲支店を訪れ、乙一を高岡弘之に交付した。

(三) 本件借入金一四〇〇万円の連帯保証等

伊予銀行大洲支店は平成二年五月一一日頃、信用保証依頼書(甲一六)に、福住修三から受領していた信用保証委託申込書(甲一七)、保証人調査書(甲二五ないし二七)を添付して、これらの書類を原告(大洲出張所扱い)に提出し、本件貸付金一四〇〇万円について、原告の信用保証を依頼した。原告(大洲出張所扱い)はその内容を審査した上、平成二年五月一六日右信用保証を承諾する旨の保証決定をし、伊予銀行大洲支店に対し信用保証書(甲八)を交付した。

そこで、高岡弘之は、甲二(本件貸付契約書)、及び甲七(本件信用保証委託契約書)を福住修三に交付し、各保証人の署名捺印をもらってくるようにと言った。尚、高岡弘之が福住修三に右二通の書面を交付する際、各金額欄の「一四〇〇万円」については、福住修三がいずれも事前に記載した。

福住修三は、まず被告福住宅を訪れ、被告福住に対し、甲二・七の各連帯保証人欄に被告福住に署名捺印を求めた。被告福住はこれを承諾し、被告福住の妻に命じて、右各連帯保証人欄に被告福住の住所氏名を記載させ、その名下に被告福住の実印を押捺させた。次に、福住修三は、被告増田宅を訪れ、被告増田に対しても、甲二・七の各連帯保証人欄に署名捺印を求めた。被告増田もこれを承諾して、右各連帯保証人欄に被告増田の住所氏名を記載し、その名下に被告増田の実印を押捺した。

このようにして被告らは、福住修三が原告の信用保証付で、伊予銀行から一四〇〇万円を借り入れるについて、連帯保証人になることを伊予銀行に約するとともに、福住修三の原告に対する求償金支払債務についても、連帯保証人になることを原告に約した。

2  本件保証の成立について

前記認定によると、本件保証の成立が認められる。被告らは、一二〇〇万円の限定根保証をしたことは認めるが、本件借入金一四〇〇万円の保証をした覚えはないと主張する。しかし、以下説示の諸事実に照らせば、被告らが、伊予銀行に対し本件借入金一四〇〇万円の保証を約し、原告に対しその求償金債務の保証を約したことは明らかであり、被告らの主張は理由がない。

(一) 保証意思確認書について

証拠(甲一八の1ないし3、二四、二九、証人玉井國夫)によると、次の事実が認められ、被告らから返送された保証意思確認書の記載内容からしても、被告らが本件保証を承諾していたことが認められる。

(1) 原告(大洲出張所扱い)は、本件信用保証委託契約上の求償金債務の保証人である被告らに対し、平成二年五月一六日保証意思確認書(甲一八の1、二四)を郵送した。右保証意思確認書には、「福住修三が原告の信用保証により、伊予銀行大洲支店より一四〇〇万円を借り入れるにつき、連帯保証をお引き受け下さいました由、ご確認の上折り返しご回答下さい。」と記載されている。

(2) 被告増田は、平成二年五月一七日頃原告から郵送されてきた保証意思確認書(甲一八の1)を受け取り、同年五月一八日本件保証を承諾していることを再度確認して、右保証意思確認書に被告増田の住所氏名を記載し、その名下に被告増田の実印を押捺して、同年五月一九日右保証意思確認書を投函した。右保証意思確認書は同年五月二一日、原告大洲出張所に郵送された。

(3) 被告福住は、平成二年五月一七日頃原告から郵送されてきた保証意思確認書(甲二四)を受け取り、本件保証を承諾していることを再度確認して、右保証意思確認書に、被告福住の妻に命じて、被告福住の住所氏名を記載させ、その名下に被告福住の実印を押捺させて、右保証意思確認書を被告福住宅まで取りに来た福住修三に交付した。福住修三は、妻の福住里美に命じて、同年五月二二日原告大洲出張所に右保証意思確認書を届けさせた。

(二) 大洲簡易裁判所平成三年(ノ)第一八号調停事件について

証拠(甲一五、二九、証人玉井國夫)によると、次の事実が認められ、被告増田の調停申立書の記載内容及び同調停事件の経過からも、被告らが本件保証を承諾していたことが認められる。

(1) 被告増田は、平成三年一〇月一日原告を相手方として、本件借入金一四〇〇万円の求償金支払債務に関して、大洲簡易裁判所に調停を申し立てた。

(2) 右調停申立書には、「福住修三は、平成二年五月原告との間で、福住修三が伊予銀行から一四〇〇万円を借り入れるについて、信用保証委託契約を締結した(紛争の要点一項)。被告増田は、平成二年五月原告との間で、福住修三の原告に対する信用保証委託契約上の求償金債務について、連帯保証契約をした(紛争の要点二項)。福住修三が伊予銀行に本件借入金を返済しないため、原告が伊予銀行に一四五二万〇一〇四円を代位弁済した結果、被告増田は、福住修三の連帯保証人として原告に対し、求償金一四五二万〇一〇四円に延滞保証料一万一五一七円を加えた一四五三万一六二一円を、支払わなければならなくなった(紛争の要点三項)。被告増田は、被告増田が原告に対して負担する債務について、原告が支払を猶予することの調停を求める(申立の趣旨)。」旨、記載されている。

(3) 平成三年一〇月二三日、大洲簡易裁判所で第一回調停期日が開かれた。伊予銀行大洲支店の融資係高岡弘之及び被告福住両名も、利害関係人として右調停に出席した。被告両名ともに、右調停の席上でも、被告らが本件保証をしており、求償金債務について保証責任があることを認めていた。被告増田は、第一回期日には、所有不動産を売却して求償金を支払うので、それまで支払を猶予してほしいと言っていたのに、第二回期日には、所有不動産が売れなくなったと言って、申出の内容を変えたため、調停は第二回期日で打ち切りとなった。

(三) 甲二・七の書類の内容について

被告増田(昭和二一年七月一七日生)は、有限会社丸電工業の経営者であり、同会社は従業員が七人もいて、電気設備・管工事設備を営業内容としており、以前から銀行取引の経験もある(被告増田本人の供述による)。次に、被告福住(昭和一〇年九月二〇日生)はクリーニング店の経営者であり、被告福住も又以前から銀行取引の経験がある(被告福住本人の供述による)。したがって、被告らは、有限会社丸電工業の経営者、クリーニング店の経営者として、以前から銀行取引の経験もあり、社会経験も豊富で、一般教養も兼ね備えた社会人であることが認められる。

ところで、甲二(本件貸付契約書)には、借入金額が一四〇〇万円と記載されている。甲七(本件信用保証委託契約書)は、その名宛人が伊予銀行ではなく原告である。甲七の一条には、「伊予銀行から一四〇〇万円を借り入れるについて、原告に信用保証を委託する。」と記載され、五条・六条には、「委託者(福住修三)は、借入金債務の支払を遅滞したため、原告が金融機関(伊予銀行)に代位弁済したときは、原告に対して、その弁済額及び年10.95パーセントの割合による損害金を支払う。」と記載され、一一条には、「保証人(被告ら)は六条の償還債務につき、委託者(福住修三)と連帯して履行の責を負います。」と明記されている。

以前から銀行取引の経験もあり、社会経験も豊富な被告らが、甲二・七の書類を見て、乙一(限定根保証約定書、保証限度額一二〇〇万円)の書き直しのための書類であり、福住修三が伊予銀行から一二〇〇万円を借り入れるについて、伊予銀行に対して連帯保証するための書類である、と認識したなどということは、考えられないことである。被告らは、福住修三が原告の信用保証付で、伊予銀行から一四〇〇万円を借り入れるにつき、伊予銀行に対し一四〇〇万円の借入金の保証人となる趣旨で、甲二に署名捺印し、原告に対し本件信用保証委託契約による求償金債務の保証人となる趣旨で、甲七に署名捺印したことが明らかである。

3  錯誤の主張について

被告増田は、福住修三は平成二年五月当時、本件借入金一四〇〇万円の返済継続が、不可能もしくは著しく困難な経済状態にあった。被告増田は右事実を全然知らずに本件保証をしたのであり、被告増田の本件保証の意思表示には、要素の錯誤があると主張する。

しかし、そもそも、福住修三が平成二年五月当時、本件借入金一四〇〇万円の返済継続が、不可能もしくは著しく困難な経済状態にあった、と断定できるか、疑問がある。

しかも、法律行為の要素に錯誤があって、その意思表示が無効となるのは、法律行為の内容をなしている主要部分に錯誤がある場合であり、動機や縁由に錯誤があっても、意思表示の相手方に明示されて、当該法律行為の内容とならない限り、無効とならないのであって、表示されて法律行為の内容となって初めて、錯誤による無効の主張が許されるのである。

しかるに、元々保証契約自体が、債権者の将来の債権回収、債務者の無資力に備えるものであり、保証人の債務負担のリスクは保証契約に本質的に内在するものであるから、主たる債務者の資力有無が表示されて、保証契約の内容となっている場合を想定するのは困難である。

本件保証契約においても、被告増田が原告に対し、福住修三の信用や資力について表示し、本件保証契約の内容となっていたものとは認められず、仮に、被告増田が福住修三の弁済能力について錯誤があり、福住修三の信用や資力について誤信していたとしても、本件保証契約の重要な内容となっていたものとは認められず、要素の錯誤ではない。

以上の次第で、被告増田の本件保証契約の錯誤による無効の主張は理由がない。

4  詐欺の主張について

(一) 被告増田は、福住修三が、乙一の書き直しのための書類であると虚偽の事実を申し向けて、被告増田を欺き、その旨誤信させて甲七に署名捺印させ、本件保証契約を締結させたと主張するが、そのような事実が認められないことは、前記1・2で考察したとおりである。

(二) また、被告増田は、福住修三が被告増田に対して、福住修三の信用や資力について、虚偽の事実を述べ重要な事実を隠して、被告増田を欺罔して本件保証契約を締結させたと主張する。

しかし、仮に、被告増田の主張が事実であったとしても、伊予銀行や原告担当者は、そのような事実を全く知らず、知りうべき立場にもなかったのであり、伊予銀行や原告は、民法九六条三項所定の善意の第三者であったことが認められる。

(三) 更に、被告増田は、原告が自ら信用保証委託契約書の徴収をすべき手続を、伊予銀行を介して福住修三を使者として利用しており、本件は第三者の詐欺ではなく、原告が第三者の詐欺と主張することは、信義則に反し許されないと主張する。

しかし、金融機関が、主たる債務者を通じて保証人予定者から、保証書を徴収したからといって、主たる債務者が金融機関の使者であるとは認められず、主たる債務者が保証人を欺罔して保証させていたとしても、やはり第三者の詐欺には変わりがなく、金融機関が第三者の詐欺と主張することは、何ら信義則に反するものではない。

被告増田の前記主張も理由がない。

(四) 以上の次第で、被告増田の本件保証の詐欺による取消の主張も理由がない。

二  争点2(約定書違反による免責)について

1  保証契約違反による免責

(一) 被告増田の主張

被告増田は、伊予銀行が保証申込時に明示されていない使途に貸付金を使用した場合は、約定書一一条二号に規定する保証契約違反により、免責事由に該当するところ、本件借入金一四〇〇万円中、旧債振替七一四万四〇〇〇円以外は全て資金使途違反であり、原告ひいては被告らも免責されると主張する。

そこで、まず、保証契約違反の意義・内容・効果について考察し、次いで、伊予銀行の保証契約違反による被告増田の免責について検討する。

(二) 保証契約違反の意義・内容・効果

保証契約は、信用保証協会が金融機関に信用保証書を交付することによって成立する(約定書一条)。したがって、保証契約の内容は、信用保証書に記載された内容によって定まるのであり、保証契約違反は、信用保証書の記載事項と異なる貸付が実行された場合に生ずる。

信用保証書上に記載される事項のうち、保証契約違反の対象としてあげられる事項は、(1)保証金額、保証期間、貸付利率、貸付形式、資金使途、弁済方法等の貸付条件に関する事項、(2)貸付実行に関し、担保・保証人を徴収することを条件とした場合の保証条件に関する事項、に大別される。したがって、金融機関が貸付金を信用保証書上に記載された資金使途以外の用途に充当した場合は、保証契約違反となる。

金融機関が保証契約に違反したときは、信用保証協会は金融機関に対し、保証債務の履行につき全部又は一部の責を免れる(約定書一一条二号)。

(三) 伊予銀行の保証契約違反による被告増田の免責

原告が平成二年五月一六日に保証決定をして、伊予銀行に交付した信用保証書(甲八)には、資金使途として、単に「運転・設備」と記載されているに過ぎず、被告増田が主張するような、「第二店舗スーパー島田屋の商品充実、及び外商を始めたための資金に三一八万九〇〇〇円、設備老朽化によるやり替え資金に三六六万七〇〇〇円。」などといった細目までは、記載されていない。また、前記信用保証書には、保証条件として、「本件借入金一四〇〇万円にて、旧債二件(保証番号四一―六二―〇〇七〇、保証番号四一―六三―〇〇〇九)を決済すること。」と記載されている。

他方、証拠(甲八・九、二一、乙四、一〇、証人高岡弘之)によると、本件借入金一四〇〇万円中、原告が保証条件とした旧債振替二件七一八万六六五一円、印紙代二万円、原告の信用保証料七九万二二八三円、福住修三が伊予銀行の預金口座から出金して使用した四〇〇万一〇六六円は、資金使途違反とは認められず、資金使途違反は原告が認めていない旧債振替二〇〇万円のみである。

そして、原告が認めていない旧債振替二〇〇万円は、次の2(旧債振替禁止条項違反による免責)で考察するので、被告増田が主張する保証契約違反による免責については、独立して検討しなければならない違反事項はなく、被告増田の主張は理由がない。

2  旧債振替禁止条項違反による免責

(一) 旧債振替禁止条項の意義

旧債振替とは、金融機関が、信用保証協会の保証に係る貸付金でもって、自己の既存の債権に充当することをいう。信用保証協会・金融機関間で予め取り交わされる約定書では、金融機関は、信用保証協会が特別の事情があるものと認め、予め金融機関に承諾書を交付したときを除き、信用保証協会の保証に係る貸付金でもって、自己の既存の債権の回収に当てないものとする旨が定められ(三条)、金融機関がこれに違反したときは、信用保証協会は、保証債務の履行につき全部又は一部の責を免れる、旨が定められている(一一条一号)。

ところで、信用保証協会は、中小企業者に対する金融の円滑化を図ることを目的とする法人であり(信用保証協会法一条)、地方公共団体からの出捐その他の財政的援助を受け、また、事業の原資として、中小企業信用保険公庫を通じて国の財政資金も導入され、更には、国や地方公共団体の監督を受ける公益的な特殊法人である。

ところが、保証付貸付金が金融機関の債権回収の手段として利用され、中小企業の金融の円滑化、あるいは中小企業が必要とした事業資金の調達に支障が生じることは、信用保証協会の制度目的に反することになるので、旧債振替禁止条項が設けられたのであり、信用保証協会の保証制度の趣旨を実行あらしめるために、金融機関が旧債振替禁止条項に違反して旧債の回収に当たった場合に、信用保証協会は保証債務の履行につき責を免れる旨が、定められたのである。

(二) 旧債振替禁止条項違反の効果

(1) 全部免責か一部免責か

金融機関が貸付金の一部につき旧債振替禁止条項に違反した場合に、信用保証協会は、旧債振替禁止条項に違反した部分についてのみ免責されるのか、それとも全部について免責されるのかが、問題となっている。

約定書の一一条一号は、金融機関が旧債振替禁止条項に違反したときは、信用保証協会は保証債務の履行につき、その全部又は一部の責を免れる旨定めており、約定書の文言からして、金融機関が貸付金の全部につき旧債振替禁止条項に違反した場合に、信用保証協会は全部につき免責され、金融機関が貸付金の一部につき旧債振替禁止条項に違反した場合に、信用保証協会はその一部につき免責される、と解するのが相当である(大阪高裁昭和五三年四月一二日判決・判例タイムズ三六八号二七六頁参照)。

もっとも、貸付金の相当部分が旧債振替禁止条項に違反しており、残額部分の融資金では、融資を受けた目的を達することができないような例外的場合には、信用保証協会の保証制度の趣旨を没却するものであることからして、信用保証協会は全部につき免責されると解する。

(2) 信用保証委託契約の保証人の免責

金融機関が旧債振替禁止条項に違反した場合、信用保証協会は保証債務の履行につきその責を免れるから、たとえ信用保証協会が金融機関から履行の請求を受けて弁済したとしても、その弁済は保証債務の弁済としての効力が生じない。

したがって、信用保証協会は、主たる債務者に対し、信用保証委託契約に基づく求償金債権を取得しうるものではなく、求償金債務を保証した保証人に対しても、保証債務の履行を求めることができず、保証人は旧債振替禁止条項違反を理由に、信用保証協会の求償金債務の履行請求を拒み得る(大阪高裁昭和五三年四月一二日判決・判例タイムズ三六八号二七六頁参照)。

(三) 被告らの免責

(1)  前記1の(三)で認定したとおり、本件借入金一四〇〇万円中、旧債振替禁止条項違反は二〇〇万円のみであり、その割合は僅か七分の一に過ぎない。原告が予め承諾していた旧債振替七一八万六六五一円、印紙代二万円、原告の信用保証料七九万二二八三円、福住修三が伊予銀行の預金口座から出金して使用した四〇〇万一〇六六円は、何ら旧債振替禁止条項に違反するものではない。

したがって、求償金債務の保証人である被告らは、旧債振替禁止条項に違反する二〇〇万円に対応する求償金及び延滞保証料についてのみ、原告の求償金債務の履行請求を拒み得るが、その余の求償金及び延滞保証料については、保証人としての責任を免れないものと認める

そうすると、原告が伊予銀行に代位弁済した一四五二万〇一〇四円については、その一四分の一二である一二四四万五八〇三円につき、被告らに依然として保証人としての支払義務があり、また、延滞保証料一万一五一七円については、その一四分の一二である九八七一円につき、被告らに依然として保証人としての支払義務がある。

(2) もっとも、原告は、利率の関係から福住修三に有利となるために、福住修三が自主的に二〇〇万円の旧債振替をしたものであり、伊予銀行が一方的に旧債振替をしたものではないので、右二〇〇万円も、実質的に考察すると、旧債振替禁止条項に違反していないと主張する。

しかし、そもそも、福住修三は平成二年五月一四日、伊予銀行を通じて原告に対し、本件信用保証委託契約の申込みをした際、本件借入金一四〇〇万円の使途として、旧債振替二件(保証番号四一―六二―〇〇七〇、保証番号四一―六三―〇〇〇九)以外は、運転資金(第二店舗島田屋の商品充実及び外商を始めたための資金)、及び設備資金(設備老朽化によるやり替え資金)に充当したい、と申し出ていたのである(甲一九)。その福住修三が、僅か二週間後の同年五月三〇日に、本件借入金一四〇〇万円の使途として、予め申し出ていた旧債振替二件以外に、更に二〇〇万円の旧債振替についても、伊予銀行に対し任意に申し出たものとは、にわかに認め難いことである。

しかも、平成二年五月当時、問題の旧債振替二〇〇万円の利率は年8.375パーセント、本件借入金一四〇〇万円の利率は年7.9パーセントであり(原告の平成五年一一月四日付準備書面六項の一・二行目)、その差は年間僅か0.475パーセント、金額にして九五〇〇円に過ぎない。他方、福住修三は、本件借入金一四〇〇万円の信用保証料として、七九万二二八三円を支払っているのであるから(甲二一)、問題の二〇〇万円の信用保証料は、按分計算すると一一万三一八三円もの多額となる。

したがって、福住修三は、本件借入金一四〇〇万円中の二〇〇万円でもって、旧債振替をすることは、利率等から有利になるのではなく、原告に多額の信用保証料を支払わなければならないので、むしろ不利になる。福住修三がこのような不利益なことを、自発的にしたものと認めることには疑問があり、むしろ、右二〇〇万円の旧債振替は、福住修三の任意の意思によるものというよりは、背後で伊予銀行の強い意向が働いていたのではないかと推測される。

原告の前記主張は採用できない。

第四  結論

一  以上の認定判断によると、被告らは連帯して原告に対し、求償金一二四四万五八〇三円、及び延滞保証料九八七一円、以上合計一二四五万五六七四円、及び右求償金一二四四万五八〇三円に対する平成三年八月三一日(代位弁済した日の翌日)から完済まで、年10.95パーセントの割合による遅延損害金の支払義務がある。

二  よって、原告の本訴請求は、右認定の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条・九二条・九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官紙浦健二)

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